みけもふ日記 <備えあれば迷いなし>

経済的独立を目指し試行錯誤するブログ

【映画】アメリカン・スナイパー

6/22(月)雨

緊急事態宣言解除後、初めて映画を観てきました。場所はいつものシアタス調布。

鑑賞したのは、クリント・イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」です。

たまたま旧作上映の枠で、上映期間が6/25までだったのでちゃちゃっと行ってきました。

wwws.warnerbros.co.jp

クリント・イーストウッド監督の作品を観るのは奇しくも今年2回目。

2月に「リチャード・ジュエル」を観たばかりでした。

 

館内はコロナ対策で、1席ごとに空席が設けられていました。全98席のスクリーンでしたが、実際使用出来る座席はその約半分という事になります。平日夕方、しかも旧作上映という条件も手伝って劇場内は私を含め5人しかいませんでした。

f:id:mikemof:20200622212124j:plain
f:id:mikemof:20200622212218j:plain

異世界に通じそうなエスカレーター

そして初めてのスクリーン9 全98席

アメリカン・スナイパー」の日本公開は2015年2月21日。実在した伝説的なスナイパーの半生を描いた作品です。今から5年以上も前の作品です。全132分の長編で実に重たい作品でした。戦争ものという事で、R15指定となっています。これは見る人を選ぶ作品だと思います。

 

予想に違わず、戦争の現実をこれでもかと突きつけられます。戦場とプライベートの狭間で徐々に精神を蝕まれてゆく主人公。何が正しくて何が間違っているのか。戦場における描写には救いが一切ありません。ただ破壊し、殺し合うだけ。エンドロールが無音の映画は初めてでした。

 

9.11でアメリカが受けた同時多発テロ攻撃に対する報復という形で始まったイラク戦争。結局、イラクでは大量破壊兵器は見つからなかったような記憶が。一体何のための戦争だったのか?

 

主人公がたまたま現地で実の弟と遭遇した際に弟が放った言葉が印象的でした。

「こんなところクソだ」そう言い残して弟は戦地から離脱します。

主人公は激戦となった4回目の派兵後に軍隊から足を洗います。心に深い傷を負って。

その後のストーリー展開はまさに劇的と言えるでしょう。映画になるのも頷けます。

 

戦場において極限状況を経験した人はPTSDという精神的外傷を負う事は以前から知っていました。この映画が上映されていた当時、とてもこの映画が気になっていました。主人公は果たしてどのようにして極限状況を乗り越えてきたのかについて興味がありました。

 

その2015年当時、私は異動した職場で苦しんでいました。曰く付きの激務な職場に異動を告げられ、覚悟はしていたものの、あまりの過酷さに半分アタマがおかしくなりながら勤務を続けていました。1人では手に余る業務だからという事で私が異動で応援に入ることになったのですが、異動して2ヶ月後、以前から業務を担当していた相棒が病欠で会社に来なくなりました。そして業務内容もまだ良く分からないうちにワンオペ状態に。

 

その相棒も曰く付きの男で、一度病欠が始まると長期間休む男として有名でした。そういう事を平気で繰り返す男でした。事前にそのような噂は聞き及んでいたので、正直一緒に組むのは嫌でした。結局2年近く休んでから復帰しましたが。(今は元気なのであんなものは仮病でしょう)

 

一人で業務を回す事になってからというもの、早朝から深夜まで業務に追われ、帰宅途中や家に帰った後も社用の携帯にバンバン電話がかかってくる始末。工場は24時間稼働しています。当然休日も昼夜お構いなしで問い合わせが来たり、休日出勤してトラブル対応に追われる日々が続きました。こりゃ確かにワンオペじゃ無理ですわ…。映画で主人公の弟が呟いたセリフが重なります。「こんなところクソだ」

 

戦場とは比較にはならないかもしれませんが、このような状況が2年ほど続き、完全にノイローゼ状態に陥っていたと思います。今から振り返ればそう断言出来ます。もがき続けてもどうにもならないので、当時の上司にも相談しましたが何故か叱責される始末。甘えていると思われたのか?人員補充もなかなか行われなかった。その更に上の上司にも訴えるも、ただ頑張れとだけで.....。事態が好転し始めたのは3年目くらいからだったと記憶しています。

 

イラ立って周囲の人間にも辛く当たっていたと思います。余裕がなくなり、かなり失礼な態度を取ったと思います。どうにかしようと上司とその他の課員を交えて話し合い、せめて交代で休みを取れるようその他の課員に協力を求めるも、スルーされ見て見ぬ振りをされたし、上の人間はそんなの大した事ないだろ、くらいの軽い考えが透けて見えていたので。所詮は他人事ということです。

 

今となってはなぜあそこでギブアップして投げ出さなかったのか不思議に思います。無理なものは無理と言ってさっさと声を上げて強引にでも休むべきだった。見栄なのかプライドなのか、それとも意地になっていたのか。クソ真面目に取り組み過ぎたのかもしれません。実際、少しずつ環境が変わってきて投げ出さずにどうにか持ちこたえたのですが、その見返りときたら僅かばかりで.....。結局、心をすり減らしただけだった。

 

このように2015年というのは映画を観る余裕というものが全く無くなっていた時期でした。そんなこんなで、今回ようやくこの映画を観る事が出来たわけです。当時は職場と自宅の往復でくたびれ果て、ただひたすらベッドに横たわっていた時間が長かった。で、当然部屋も荒れ放題の汚部屋にw 今だから笑って言える事ですが。

 

人は極限状況に追い込まれると、やはりどこかがおかしくなってしまう。何かが壊れてしまう。心は防具でガード出来るものではないから。今回の映画を観て改めて強くそう思いました。自分もまだ当時の地獄を引きずっているように思います。後遺症のようにまだ無気力な状態が続いていて...。

 

その当時は必死で気が付かなかったのですが、後になってじわじわとメンタルがやられていた事に気が付いたのです。どうも時間差があるようです。そしてそう簡単には回復しないようです。無茶なオペレーションを強いられた、という怒りは今でも残っています。そのような意味でこの映画で描かれていた兵士たちに共感する部分がありました。

 

現在はメンタルをやられた事にも気付かないまま、課内の配置転換を経て昼夜交替勤務に従事するに至っています。ある意味この鈍感さが自分の身を守る事に繋がったのかもしれません。あまり誉められた事ではありませんが。その間、何度全てを捨てて投げ出したくなったことか。

 

それでも、生まれてきたからにはどこまでも生き延びようという気持ちに変わりありません。最近ようやくそう前向きに考えられるようになってきています。深く自分を見つめ直すきっかけになったという意味でも今回の映画を観て良かったな、と思いました。折しもコロナ禍でボーっと過ごす時間を持てた事もあり、自分を取り戻せそうな予感がしています。思い切って舵を切るのも悪くないと考え始めています。

 

今日は重たい映画なのは事前に分かっていましたが、映画を観て余計にメンタルが悪化しなくて良かった。むしろその逆の効果をもたらす結果になったようです。

 

映画の感想から少しかけ離れてしまい、かつ長文になってしまいましたが、今まで心の奥底につかえていたものを吐き出せて少しスッキリしました。乱文失礼しました。どうかご容赦ください。